自らの意思で核爆発実験の真下に立った5人の兵士たち…
改めて核兵器の恐ろしさを思い知らされる…


核爆発実験の真下に立った5人の兵士たち

1975年7月19日、ネバダ核実験場ではF-89戦闘機が
核弾頭を搭載したミサイルを放ちました。

ミサイルは上空5600kmで爆発して爆風を引き越しましたが、
この真下に5人の兵士が意図的に立っていたのです。

このような危険な実験の現場に立つなど信じられない行為ですが、
志願したのは大佐2名、少佐2名、准尉1名で
唯一志願していなかったのはこの様子を撮影していた
カメラマンのジョージ・ヨシタケさんただ1人でした。

この実験は敵の核兵器を核兵器で迎撃することで
放射性物質の拡散を恐れる国民の不安を
払拭するために行われたといわれています。

5人の兵士たちのその後

実験に立ち会った5人のその後は

シドニー・ブルース大佐→2005年没(享年86歳)
フランク・P・ボール中佐→2003年没 (享年83歳)
ノーマン・ボディンジャー少佐→不明
ジョン・ヒューイズ少佐→1990年没 (享年71歳)
ドン・ルトレル准尉→1987年没 (享年63歳)

日系カメラマンのジョージ・ヨシタケさんは
2010年の段階では82歳で存命でした。

核実験で被爆しているはずなのに
長生きしていると思うかもしれませんが、
彼らの実験で使用されたのは小規模な核爆弾でした。

さらに安全な場所で爆弾は彼らの頭上で爆発しているので
放射能に間近で晒されるような状況ではありませんでした。

そして降下してくる放射線物質を
吸い込まずに済むほどの距離もありました。

核実験に関わった人の多くはガンを発症

ネバダ核実験場の核爆発実験に関わった多くの人は
その後にガンを発症しています。

2000人以上の現場参加者には
およそ1億円強の賠償金も支払われています。

セントジョージの住人たちは
核実験によって何度も放射性降下物を浴びていて、
1953年に実施された「ハリー」というコードネームの実験では
かなりの量の放射線物質が堆積したという報告もあがっています。

その地方の住人たちは長期間の自宅待機を命じられていたため、
アメリカ政府は約6億円の賠償金を支払っています。

5人の実験映像

また、爆発の真下に立っていた5人ですが、
その高度が実は違っていたことも判明しています。

最初に公開された5人の実験映像では
爆発時の高度は兵士たちの頭上の3000mとのことでした。

しかし、実際には約5600mだったことも判明しています。

引用:https://www.youtube.com/watch?v=BlE1BdOAfVc

また最初の映像では爆発の様子や音などから不自然な点があり、
編集されているといわれています。

最初の実験の様子を公開した動画ですが、
爆発の瞬間に全く音がないのも不自然ですよね。

物理学的には光は音よりも早いため、
光が先に見えてそのあとに音が聞こえるはずです。

引用:https://www.youtube.com/watch?v=U_nLNcEbIC8

この映像はアメリカの国際公文書を調査していた
ロシアの特派員から入手したものです。

最初の2分間は話し声しか聞こえませんが、
それからカウントダウンが始まって爆弾が爆発します。

現在、原爆の音を聞けるのは
唯一この動画だけだといわれています。

以前はこのような実験が何度も繰り返され、
多くの人々が犠牲になってきました。

日本では広島県と長崎県に原爆が落とされていますが、
2度とあの悲劇を繰り返さないでほしいと強く願います。

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